GG佐藤

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1: 風吹けば名無し 2019/07/06(土) 13:07:33.88 ID:Q44h44bga
【異業種で輝く元プロ野球選手】
「野球を長くやれたのは父親のおかげ。その支えがあったからこそ日本やアメリカで野球ができたので、今度は自分が父の築いた会社を守りたい。
その思いが働くモチベーションになっています」

 千葉県市川市にある敷地調査、地盤補強を行う「株式会社トラバース」本社でこう話すのが西武、ロッテで活躍したG・G・佐藤さん(40)。
現在、タレント業を兼務しながら同社千葉営業所所長として奮闘している。

 2003年に西武に入団。プロ入り後は持ち前のパワーで頭角を現し、08年には野球日本代表に選出され北京五輪にも出場した。
だが「メダル確実」と言われた同大会で度重なる失策を犯したのを機に徐々に低迷。
11年オフに戦力外通告を受けた後はイタリアリーグ、ロッテと渡り歩き、15年から父・克彦氏(75)が経営する現会社で新たな人生をスタートさせた。

 年商190億円以上という優良企業への就職。一見すれば順風満帆のようだが道のりは平坦ではなかった。
入社前まで社会人経験が皆無だったこともあり「営業を始めた当初は相手との接し方がまったくわからなかった。自社が行う測量調査や地盤改良の知識もほぼゼロ。
元プロ野球選手という肩書を前面に出す営業しかできなかった」と佐藤さん。
必然的に職人や業界関係者からは軽視され「知識がないなら営業に来るなよ」と何度も罵声を浴びせられたという。

「周囲は地盤、測量という一般人には不慣れな分野の専門家ばかり。細かい話になると相手にされなくなるわけです。
それに社会人としてのマナーもない。情けないという気持ちで、会社員1年目は正直、社会で通用しないんじゃないかと悩みました」

2: 風吹けば名無し 2019/07/06(土) 13:07:48.84 ID:Q44h44bga

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1: 風吹けば名無し 2018/01/06(土) 23:10:02.83 ID:YNedyhGIp
 西武、ロッテなどでプレーし、2008年北京五輪に日本代表として出場したG・G・佐藤氏(39)が6日、TBS系「新・情報7days ニュースキャスター」(後10・00)のインタビューに応じ、
4日にすい臓がんのため70歳で死去した楽天・星野仙一球団副会長について「すごく心の大きな方だった」と、その死を悼んだ。

 佐藤氏は、星野監督率いる北京五輪日本代表では左翼で起用され、準決勝・韓国戦で2度の落球。これが痛恨の適時失策となり、星野ジャパンは金メダルの可能性が消えた。

 しかし銅メダルをかけた米国との3位決定戦で、星野監督は再び佐藤氏をスタメン起用する。「このまま彼を使わないと、彼の野球人生はダメになる。その思いから3位決定戦で使ってくれた。私ひとりの人生のことを気にかけてくれた」と思い返す。

 しかし名誉挽回を期待された米国戦でも佐藤氏は再び落球してしまう。結果、星野ジャパンはメダルを獲得できなかった。当時を振り返り、佐藤氏は「今思うとすごく心の大きな方だったなと思います。その思いに応えられなかった自分が悔しい」と言葉をつないだ。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180106-00000176-dal-base

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1: 名無しさん@おーぷん 2017/12/11(月)12:27:26 ID:fIh
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171211-00010004-sportiva-base

──佐藤さんは2003年ドラフト7巡目でライオンズに入団しました。ある資料によれば、いずれも推定で契約金2000万円、1年目の年俸は700万円とされていますが、実際の金額は?

佐藤 年俸はそのくらいですが、契約金は全然違います。プロ野球選手にとって前払いの退職金みたいなものだから、「使わずに貯めとけよ」と言われるんですけども、私の場合は少なかったですね。本当は、300万円でした。

2: 名無しさん@おーぷん 2017/12/11(月)12:27:53 ID:qmw

全然ちゃうやんけ

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